ゴミ捨て場

脳がショートしたときに使います

いい加減成仏してくれ、10年前の私よ。

まばたきした瞬間人生が変わった。13歳の出来事。

 

子供のころからバラエティと共に生きてきた。

親が録画したお笑い番組を観て、ゴールデンタイムにはネタ番組が毎日のように放送されていて。

私の瞳を通してしまえば、どんな連続ドラマよりも一回のバラエティはあっという間の展開で、恐ろしいほどドラマチックでハラハラするし、どんな音楽番組も磨き上げて完成されたネタの前じゃ輝きを失う。

言い過ぎかな。でもこれくらい言わないと伝わらないほど大切なもの。

 

 過去を吐き出したくなったから書き綴っています。

 

いつも笑っていた私。明るく社交的で、容姿は優れているわけじゃないけど友達がたくさんいた。今では言うのも恥ずかしいし笑っちゃうけど、小学生の頃はガキ大将だった。振りかざすジャイアニズム。ごめんね、あの頃の友達。

中学生になったら、気づけばクラスの一軍の子達とつるんでた。明るかったからかな。楽しくもないのに雰囲気で笑ってた。明るかったからね。

でもなぜか急にハブられて、強がって、そしたら完全にいじめの対象になってた。笑えなかった。あんなに眩しいほど明るかったのに。

大人にも責められた。裏切られた。お前が悪い。だれもお前と関わりたくないと、怒鳴られた。お前らの顔絶対に忘れないからな!

好きだった男はあまりにもクズだった。いじめに加担するのはもちろん利用されたり告白したら言いふらされたり。男も相当ひねくれてて陰湿だよね。

見かねて仲良くしてくれる人もいた。信用できない奴らだった。だってその人にしか言ってないことが広まったりある事ない事噂されたから。

家族だって私の話に耳を貸さない。あの頃どこにも味方なんかいなかった。孤独だ、今も。

 

何が言いたいかってキラキラしてた私の世界から輝きが、色が、消えた。心からの笑顔が消えた。落雷のように一瞬にして。消しても消えない炎が燃え続けていた3年。

暗黒の時代を支えてくれたのはお笑いと、芸人さんだった。ゴールデンのバラエティ番組で現実逃避をした。特番で明日への元気をもらった。過激な深夜番組は誰にも言えない友達のようだった。お気に入りのコント番組で初めて推し芸人さんができた。つらいときに必ず笑顔にしてくれる、彼らはヒーローだ。

 

あの3年がなければきっともっと違う女の子だったのかな。違う大人の女性になっていたのかも。今の自分を人のせいにしたくない。でも自分のせいにするとあまりに重たくて残酷な思い出で苦しくなる。もう大人だから泣かないけど。あの頃もそんなに泣けなかったから未だに棲みついてるのかな。いつまでもこの血を流れる忌々しい記憶。

 

正直今もとってもつらいんだ。

前に比べれば、仕事をしてる。お金はちょっとしかないけど家族がいる。恋人・友達はいないけれど、推しがいる幸せを毎日かみしめてる。

自粛が緩和されたとき、推しの前に出ても恥ずかしくない自分になりたいから、昔はどうでもよかった病気ですら克服していこうっていう気持ちになれてる。

自分を傷つけることでしか生きてることを実感できなかったけど、最近は推しの為に綺麗でいられるよう傷つけることはやめてる。推しは偉大だなあ。

 そういや大人になって泣くことも笑うこともなくなった。意志とは裏腹の感情をまとわなきゃいけない。

対して面白くもない営業の言葉に笑わなきゃいけないし、なんとも思わない相手の悲しい話に同情しなきゃいけない。

嬉しくないのに嬉しいって言わなきゃ円滑なコミュニケーションが取れない。

心が腐る。

だけど趣味の時間だけは元の自分に戻れてる。お笑い観てラジオ聴いて『面白い』って笑ってる瞬間だけ。

純粋に好きだという気持ちだけにまっすぐ溺れることができる。

 

推しは空っぽの私に元気をくれる。

『今日はあの番組とラジオがある。あの雑誌にも出るんだった。』そう思うと不思議と力が湧いてくる。もう歩けない、そう思っても1歩2歩って勝手に足が進む。

きっと元気の源、からくり人形のネジ。ぐるぐる回してくれるから、止まるまで進んでる。

恋と言ったら軽いけど、愛って言うと重くて言いにくい。変な感情のまま日々追いかけ続けてる。

私にとってお笑いが恋人だから、恋人の大切な人たちは私にとっても大切な人です。なんて。

 

明日もお笑いに生かされて死なない。